
社長の活動紹介
京都駅から徒歩13分ほどの閑静な住宅地。ここに私たちの店「フットクリエイト」があります。いくつかの変遷を経て、現在の住所に落ち着きましたが、私たちがなぜこの仕事をしているのか、これまでにどのような紆余曲折があったのか、そんなことをご紹介したいと思います。
事業への探求心が講じて、大学で学ぶようになった代表が毎日の学校生活や仕事で感じたことを、そこはかとなくつづります。 |
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事業立ち上げまで
会社を作るまで、私はごく普通の会社員をしていました。また、独立志向というものも全く有りませんでしたし、特に足や靴へ関心があったわけでもありませんでした。そんな私がなぜ、事業を始めたのか?それは、自分自身の足のトラブルがきっかけでした。
当時、仕事柄パンプスを履いて歩き回ることが多かったため、ある日足の親指のつけ根が痛くなって病院へ駆け込んだことがありました。ところが、病院では湿布薬を処方されただけで、特に有効なアドバイスなどもありませんでした。当然、痛みや不快感は軽減せず、「辛いなあ」と思いながら仕事を続けていました。
そんなある日、夫が見つけた一冊の本。その本には、今の自分自身の足のトラブルの原因がわかりやすく説明されていました。同時に、このような足のトラブルに対処する職業の存在も知りました。同じような事で悩んでおられる方が他にもおられるのではないだろうか、そんな思いが大きくなり、「歩いて健康 元気で100才」をテーマにしたフットクリエイトを立ち上げました。1996年2月のことでした。
思いばかりが先行して始めた店は、商売の基本的なことも出来ておらず、当然なのですが、当初はほとんど誰にも知られず、ほそぼそと営業を続けていました。その一方で店に来店されるお客様は、やはり思っていたように、足の事で日々悩んでおられる方ばかりでした。お一人お一人の悩みに真正面から向き合いながら、私たち自身もお客様から大切なことをたくさん教えて頂きました。
最初の転換期
様々なお客様と向き合いながら、もっとお客様に喜んで頂くために、自分たちができることは何か?を常に模索していました。実は現在では、オーダーメイドインソールは2万円前後でお作りしているのですが、当時は倍の38,000円という代金を頂いておりました。ドイツ整形外科靴の職人が一足一足手作りで仕上げていくこのインソールは、多くの方々のお役に立っているものだったのですが、片や「良い物であることは分かるが、高くて買えない」というお客様もたくさんおられました。
質の良いオーダーメイドインソールを現在の1/2の価格で提供したい。そんな目標を持った私たちはそれに向かって模索を始めました。
そんな中、出会ったのがドイツのベンチャー企業であるペドキャド社でした。ここの社長は、整形外科靴の職人でもあったのですが、持ち前の進取の気性で、職人の腕をコンピュータ技術と機械化によって見事に再現してくれる器械を開発したのです。
その器械の導入によって、現在私たちがお作りしている「オーダーメイドインソール」はそれまでの半分の価格で提供することができるようになりました。その方の足や身体に適合し、本当にその方のお役に立つインソール、これまで、そしてこれからも一足一足を大切に作っていきたいと思っています。
足と靴の専門店から「歩いて健康・元気で100才」を目指す店へ
たくさんのお客様と接する中で、この足の仕事はあまりにも奥が深いことを感じるようになり、また、保健所や学校など様々なところから足と靴の話をしてほしいという依頼が増えるようになりました。そのような状況で、私はさらに深くこの仕事とかかわるために、もっと幅広くそして深く勉強をしなければいけないと考えるようになりました。大学に入学したのはそのためです。足の事だけでなく、身体全体のこと、健康全般について知識を得ながら、足と靴で困っておられる方のための研究活動ができるのは大学というフィールドが私には最適でした。
現在、大学の卒業論文のため、足と靴の調査で市中を駆け回っていますが、調査しながら、新たな足と靴についての問題にぶつかり、この研究を続けていくことの重要性を感じています。
「日本人の足と靴の環境を良くする」という、一見とてつもないような私たちの想いは、毎日店にお越し頂くお客様お一人お一人に誠意をもって向き合うことや研究活動の継続を通して、実現していくのではないかと思っています。
私たちはこれからも真面目に、正直に、コツコツと仕事をしていきたいと思っています。


